E-BOMBERのアホアホブログ

アホなことであろうが何であろうが、わしは書きたいことを書く。ガンバレ○神タ○ガース!

「新しい日本の歴史」はやっぱしあかんかった(11)

 このシリーズはもちろん「新しい日本の歴史」なる不当に高い評価を得とる中学歴史教科書を貶めることを目的としてぶっ書いとるんやが、評価すべきとこは評価せんと不公平や。戦国大名が分国法を定めたことによって、産業の基盤を整備するための治山・治水について触れてることとかやな。歴史には産業史や科学技術史があることも考慮せられたし。




 その一方で、農村の惣が求めた徳政令(嘉吉・正長など)と、元寇後の永仁徳政令との違いを書かんのは何でや?救済の対象が両者では明らかに違うのを無視してはあかんやろう。




 ほんでから、座があったことによってどないな利害得失があったんかを書かんようでは、経済史の観点からしてもあかんわいな。でなかったら、信長・秀吉の行った楽市・楽座の意義も理解しにくいやろが。座ァちゅうのんはまあ商業に規制を加えるこっちゃが、不況ん時に何で規制緩和が必要なんかとか、規制緩和はエエこともあれば悪いこともあるちゅう、現代に直結した問題でもあんのに、扱いがあまりにサラッとし過ぎとるわいな。




 東山文化の説明で「わび・さび」を挙げとるが、これについても説明が欲しい。わしやったら、洋ピンではいきなり素っ裸の姉ちゃん出てくんのんが、和モンのエロVシネではヒロインと主人公との葛藤やらが5分前後続いてからようやっと脱ぎ出すちゅう具合なことやて書くがな。




 あかん。これは一応マジな教科書批判の筈やったのに、書き手の文化水準が低過ぎることが災いしたな。でもまあ、わしのブログが下品なことは皆分かっとるやろから、マトモな中学生や教育関係者が読んでる訳あらへんわなと納得して、次に行くことにする。




 「なでしこ日本史~その2」では、さも日野富子を評価するような記述をしとるがとんでもない。そもそも、応仁の大乱は、富子が我が子足利義尚可愛さの余り、既に義政の後継に決まっとった足利義視を退けようとしたことが発端やんけ。こんなん単なる権力欲の強い銭ゲバ女て書いたらしまいやがな。(つづく)