E-BOMBERのアホアホブログ

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速報・中共崩壊への道 (236)

日本学術会議梶田隆章会長)なるしょうもない国の機関がネットで大人気を集めてるらしいが、わしとしてはこれはオモロイことになって来たのっちゅうのが素直な感想やな。この国にはいらん組織はようさんあるが、それらの多くが槍玉に挙げられるチャンスが到来したからや。

 

これまでわしがこの学術会議についてブログにせえへんかったんは、正会員に過去に謦咳に接したことのある教官がいてるし、連携会員にも知り合い(もう四半世紀近くもご無沙汰やけど)がいてるんで、礼に悖る虞があったからや。せやけども、過去に「(軍事研究禁止)東大はアホか」ちゅうブログを書いてしもたあるし、維新以外の野党連中は相変わらずこの問題でもトンチンカンなことばっか吐かしてケツかるし、それにこの問題を放置したら日本が色んな意味であかんようなってまう可能性があるんで、筆鋒を緩めることなしにこの機関をしばき上げることにする。

 

まずこの「軍事研究禁止」ちゅうのが全然あかん。軍事研究やんぴにしたら平和になるて思てるとしたら、こいつらは思考停止したただのパーの集団やで。否むしろ、軍事研究禁止なんかしたらそれこそ日本が戦争に巻き込まれてまう危険が増大してまうからや。詳細は既に「東大はアホか」に書いたある通りやけども、「軍事研究禁止が何で戦争につながるのか」が分かりにくい思うんで簡単に繰り返す。

 

軍事研究禁止ちゅうのは、日本やったら防衛省だけがその研究に携われることを意味するが、それは防衛省だけが軍事知識を独占してまうことになるさかい、現在みたいな準戦時体制や戦時体制になったとき、軍事をしらん政治家ばっかになってしもて、結局は軍人を政治家として招聘してまうことなって、軍人が戦時政治を壟断してまうことにつながり兼ねんからや。短期的には軍人宰相は有効やけれども、先の世界大戦の敗因の一つはこれやと断言でける。軍人を総理にすんのは文民統制に反する行為ではあるけども、国家存亡の危殆に瀕したとき、果たしてんな悠長なこと言うてられるんやろかちゅう不安はある。

 

軍事が学問として一般化すると、国民が軍部の立案・執行する作戦について事後的に議論し、その結果をフィードバックすることも可能となるんで、大本営を筆頭に連隊参謀に至るまでヘタな作戦立案がしにくなるちゅう利点も考えれる。ただ、それは言論の自由のある社会やから可能なことであって、大東亜戦争時代の日本ではムリやけども、現代日本やったら可能やろう。少なくともインパール作戦みたいに「無茶苦茶(竹田宮恒徳王・大本営参謀)」な策を弄することへの一定の歯止めにはなる。

 

無論、北大の船舶の航行抵抗を減少させる民生用としても有用な研究を「軍事研究」と決めつけて圧力をかけ、防衛省との共同研究を断念さすなど言語道断で、これは学問の自由を脅かすえげつないこっちゃな。てめえが学問の自由を否定しといて学問の自由を守れと吐きやがるとは、国民をバカにするんもエエ加減にせえよドアホ。もう一つ、学術会議会員にファーウェイ(華威集団)顧問が紛れ込んでおることも、国防機密保全上問題になるやろう。ましてや、中国の組織なんぞと協力の覚書を取り交わすとは無防備に過ぎるで。彼の国のありとあらゆる組織には中共が入り込んだあるねんさかい、思わぬ所から技術情報とかがダダ漏れなるて思った方が間違いは少なかろう。さらに、こいつらは「政府への政策提言がナイんは政府が諮問しないから」やとほざいておるが、つまりこれ、諮問を求める価値があらへんからやろう。左巻きの浮世離れした連中の戯言に耳貸すほど政府はヒマちゃうねん。

 

大体、学術会議ごときが「学者の国会」などとは思い上がりも甚だしい。わしゃ梶田隆章・東大特別栄誉教授(ニュートリノ物理学)のご芳名など問題なる前からは存じ上げんかったし、それに選挙で投票した覚えもあれへんわい。しかも連中の総理批判の言は、「俺たちが選んだ候補者に総理は盲判を捺せ」としか聞こえんのである。それにこいつらは国家公務員特別職なんやさかい、その任免権は国民にある。せやから国民の代表である内閣総理大臣が研究者なんかプロ市民なんか分からん候補者を「こいつはあかん」言うて選ばんことのどこに問題あるちゅうのか。一般の社員にしても公務員にしても、人事権のある上司や先任官僚に「この人事は承服し難い、詳細を示せ」言うたらどないなる?悪くすればクビチョンパやぞ。どこぞのアホ会員が会員選定を「内閣総理大臣が国会の指名を元に天皇が任じるようなもの」とワケワカメなこと吐かしよったそうやが、政治的権能のない天皇と国民から選ばれた行政府の長たる総理とを混同するとは、この学術会議会員には小学校レベルの公民知識もナイらしい。ましてや学術会議会員は選良などではナイし、最終的な人事権は総理にあると日本学術会議法からは読み取れる。

 

仮に菅義偉氏の人事に問題があったにしても、それは交通違反に例えれば10キロ以下のオーバー程度で、罰金どころか説諭する程のものでもあれへん。一方の学術会議側の問題は50キロ超オーバーの一発免取・危険運転罪やで。吉田茂南原繁・東大総長を「曲学阿世の徒」と評したが、さしづめ日本学術会議は「曲学売国の徒」て言うべきか。かような組織は即刻粉砕し、会員がより民主的な手続きで選ばれる組織に生まれ変わらす必要がある。河野太郎行革担当相にはただの看板の架け替えにだけは終わらさんように願いたい。