E-BOMBERのアホアホブログ

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「新しい日本の歴史」はやっぱしあかんかった(51)

 歴史を学ぶ人には、軍縮はエエこととは限らんことをあわせて学んでもらいたい。なぜなら、戦争は軍縮を契機として勃発することもあるちゅうことが20世紀初頭の歴史の要諦なんと違うけ。軍拡の見方もまた然りや。戦争は軍事力のバランスが崩れたときに起こるモンやちゅうことを学ぶ機会もあるやろう。




 加藤(友)内閣の陸軍軍縮陸相の名から「山梨軍縮」ちゅうて、加藤(高)内閣は同じく「宇垣軍縮」と呼ばれる。この二つの軍縮での陸軍省関連予算削減率は1割程度やったが、どっちゃも目的は陸軍装備近代化が目的やった。ただ、双方の大きい違いは、宇垣は4個師団を整理して、師団長なる親補官ポストを4つ減してしもたことやった。宇垣一成はこれで陸軍から恨みを買い、総理になれんままこの世を去った。現在でも衆議院小選挙区を「0増5減」するだけで与野党がすったもんだしよんねんからな。




 わしは石川達三の「蒼氓」すら読んでへん貧弱な読書歴しかあらへんが、「移民」て「棄民」の間違いちゃうんけ?当時の日本ではまだ人身売買やら子取りやらが平気で行われとってんさかい、国が養い切れん国民を切り捨てるぐらい当たり前やったんと違うんかなあ?




 もしか、現在の東京・横浜で関東大震災級の地震真っ昼間に揺ったら、高層ビルやら首都高やら地下鉄やら1923年当時はあらへんかったモンがあんねんさかい、南海・東南海地震同時発生どころの騒ぎやなしに、関東大震災の3倍超えるの死傷者出るんちゃうけ?どこぞの党が吐かしとる「国土強靭化」は、おのれらが過去にやらかしたバラマキを糊塗するための方便にしか聞こえんねんけどのう。まあそれは置いといて、日本ちゅうのは地震大国やちゅうことを自然地理の分野だけやなしに歴史でも強調しとく必要を強く感じる。でなかったら、わしらは安心して国家の中枢を東京に任すことはでけん。




 歴史用語と当時の一般呼称の差ァを認識でけんかったら時代劇も映画も楽しめんやろう。江戸期の打毀(うちこわし)は「ぶっこわし」と呼ばれ、タクシーはどっからどこまで乗っても1円やったさかい「円タク」て呼ばれとってんがな。わしやったら、「大正期になると、文化住宅に文化包丁て具合に、『文化』なる語ォが安直に使われるようなった」て解説は絶対忘れんねんけどのう。(つづく)