前回はこの教科書の一監修者の批判に終始してしもたが、今回は本文の批判をさしてもらおう。何が「こんな教科書で学びたい」じゃアホンダラアホ。わしの子供がこないな欠陥教科書で学んどったら、校閲と添削で真っ赤っかにしたるわいアホ。
今回わしは嘉○達夫になるど。P.19のマンモス狩りの想像図やけどな、見たんか?想像図にこのツッコミは反則かもしらんが、大の大人がこないな方法でマンモス狩りやっとったて信じられるとしたら救いようのないアホやで。
マンモスちゅうのは文字通り巨大な生き物で、これをすっぽりはめるだけの大きい落とし穴掘るんは、鋤もシャベルもスコップもユンボもあらへんかったらどんだけ時間かかる思うねんな。そんでのうても、旧石器時代の人類は食うや食わずの生活送っとったやろうに、悠長に穴掘りなんかやっとるヒマあらへんかったやろうが。そんなんやるぐらいやったら、火ィとかで追い立てて崖から落とした方が手っ取り早いやろが。おんなし高さから落ったら、体重の大きい生き物の方が大きいダメージ食らうことは、中学の物理知ってたら分かるやろがな。
それに、中学生相手やから言うて、やたら歴史用語に「の」をつけるんもあかん。正式な歴史用語は「秦始皇帝」「大化改新」であり、これらに「の」を補っておきながら、ナンボ人名を変えるんは礼を失した行為であるとは申せ、日本の歴史上の人物にだけ「藤原良房」などとすんのんは統一性に欠けようが。こういう姿勢は、「どうせ中学生なんやから正式な歴史用語教える必要あらへんやろう」ちゅう、中学生をバカにした態度やろう。これはもちろんこの教科書だけやなしに全ての教科書の通弊やから、非難すべきは文科省なんやろうが。
もっとあかんのんは、歴史は史実から教訓を得て未来の糧にすることを目的とするモンやのに、下らん神話なんぞに貴重なページを割くやなんてアホか。「天岩戸の変」なんか古文の教科書に載すだけでたくさんやろう。いや、中学には古文あらへんから国語か。同様に、記紀という体制側の都合に合わして成った史書(いや、こんなん史書と呼ぶに価せん)にしかエビデンスのあらへん神武天皇を教科書に載すことなどナンセンスの極みである。
最後にもう一度言う。
見たんか?
(つづく)