E-BOMBERのアホアホブログ

アホなことであろうが何であろうが、わしは書きたいことを書く。ガンバレ○神タ○ガース!

花火大会の「自粛」を残念に思う

 わしとこの団地の近くに、日本で6番目にきちゃない川が流れとる。6番目やなんてホンマ中途半端やなー。どうせやったら大和川みたいに日本一きちゃない川ならんかいアホ(ちゅうのは冗談として、一時の大和川綾瀬川以上にきちゃない川やったし、今でも汲水してへんのと違うかな)。


 こんなん言うたらしばきに来られるかもわからんが、きちゃない川の河川敷でも花火大会はでける。ところが、その花火大会が自粛で中止になった。自粛の理由は言うまでもなしに東日本大震災やが、わしみたいなただの見物人だけでも残念や思うのに、花火師さんに夜店に、近所のイオンに至るまで残念無念やろう。


 慎太郎はしたり顔で「震災が起こった後に、明々と照らして花見でもないだろう」やなんて吐かしとったが、それはせいぜい江戸時代までの倫理観であって、産業革命以後の日本ではアナクロニズム以外の何者でもあらへん。震災で命を落とした万余の方々の苦痛は想像を絶するものではあろうが、生き残った被災者の皆さんの苦痛はこれからも続くことへの視点が欠如した、独善的な発言と言わざるを得ん。にもかかわらず、全国で近視眼的な自粛ムードが漂ったことをわしは残念に思う。


 花火大会当日の近所のイオンの混雑いうたら、その1日だけやったら年末商戦並みかそれをも上回る盛況ぶりなんねんやがな。この1日の売り上げは年間通して1位かもわからん。いや、それよりも何よりも、この1日のために何尺玉をこさえて、それを打ち上げる花火師達や、花火大会の執行関係者その他の人達の無念を考えると、「自粛」やなんてセリフを軽々しく口にしてエエもんなんかて思うがな。


 東北で被災した人達かて、大曲花火大会を楽しみにしてるかもわからんねんど。この「自粛」がホンマに内因性のものであって外因性が一切あらへんのんか、調べられるものなら調べてみたいわい。自粛は自粛であるべきで、外からの力による「他粛」やなんてとんでもない。それやったら何の自由主義じゃい。