E-BOMBERのアホアホブログ

アホなことであろうが何であろうが、わしは書きたいことを書く。ガンバレ○神タ○ガース!

「新しいみんなの公民」もあかんかった(15)

 公民の授業では新聞の読み方についても一応教えたりする。もっとも、授業で教わったことなんか瞬時に抜けてまうさかい、それをフォローするためにノートや教科書があるてわしは思う。ブン屋ちゅうのはあんまし上等な人間のなるモンやあらへんのだが、テレビは新聞よりもタチ悪いし、ネットはわしのブログを含めて便所の落書きやし、つまり新聞にとって代われるだけのメディアがまだ確立されてへんねんさかいしゃあないのである。




 折角、第2章の冒頭で天皇による内閣総理大臣親任式の写真を載しときながら、それに適切なキャプションをつけやんでは新聞の読み方の訓練にもならんわいのう。『天皇(写真左)の親任を受ける野田佳彦新首相(当時・写真右)。写真中央は菅直人前首相(当時)』ぐらい付け加えてもバチは当たらんやろうに。「親任(天皇親ら任ずるの意)」の語が難しければ任命でもエエわい。ほんでから、これは憲法7条5号による国事行為やちゅうことを言わんとあかんやろうに。杜撰脱漏とは正にこないなことを言う。




 我が国は曲がりなりにも近代法治国家の一つに数えられる。少なくとも中国や北○鮮みたいな前近代的人治国家でもなければ、「独島(竹島)は日本の領土ではないのか」てブログに書いた中学生を逮捕する大韓民国のように、言論の自由すらない国家でもない。せやから、わしみたいのがこないして書きたい放題でけんねんがな。わしも言論の自由が空気みたいに当たり前のようなモンやて思う程能天気とは違うが、もしか、わしのブログが1月以上更新が杜絶したら、わしが死んだかこのブログによる名誉毀損の罪でケーサツに逮捕されたて思てくれ。多分そこには言論弾圧はあらへんて思いたい。




 米国などでは法律にせよ交通信号にせよ「必要悪」と認識されとって、わしら日本人に比べたら遵法意識が低いと断じざるを得ん。憲法修正第18条(禁酒法)を巡る狂騒曲がそれを示しとるわい。児島襄は「誤算の論理」で、飲むなと言われたら飲みたなるんは遵法精神の裏返しと書いとったが、それはわしらからしたらレベルの低すぎる遵法精神やな。GHQに押し付けられた占領対策憲法を大事に守っとる日本人の遵法精神の方が余程異常なんと違うかて言われたら何もよう言い返せんがの。(つづく)