「〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例」(平成21年6月12日〇阪府条例第1号)はついに施行されてしまった。なんぼ抜け道を用意したあるザル条例とは言えやな、しょうもないことを放送で言うたら「懲役十年」(「死刑」や「無期懲役」もマジで考えられたが、「懲役十年」の方が中途半端な感じがしていい(西都原東・都城県知事の意見によった)という、ただそんだけの理由で決められた刑である)とは、あまりにも府民をナメとんのと違うかと思われるのだが、ともかく制定された条例は、ちゃんと執行されねばならない。このアホアホ条例が効力を生じた日に、屋鋪隆人を司会とし、橋本英夫・〇阪府知事と西都原氏その他をゲストに迎えたお笑い系バラエティ番組「しょうもないこと言い撲滅特別番組・お笑い芸人をナメとったあかんぞ」が、なんと生放送されることと相成った。番組の内容は、若手芸人に漫才やコントやらをやらして、しょうもないことばっかり言う素質のないヤツを出演者全員でハリセンでしばきあげる、ただそれだけである。
番組冒頭、司会者が、
「お笑い芸人を目指しとる諸君、ナメとったあかんぞアホンダラアホ!」
「いきなりやな」
「前途ある若者に、変なプレッシャーかけるんはどうかと思いますけどねェ」
「何言うとんねんアホ。この世界はなアホ、『我こそは〇阪一おもろい』て思とるヤツしか来たあかんのじゃアホ」
「そんなん言うたら、誰も吉〇興業入ってくれんようなりますよ」
「おまえはそれやからあかんのじゃアホ。だいたいやなアホ、お笑いの世界に『オレはクラスで一番おもろかった』程度で通用するわけあらへんのんじゃアホ」
「ほなどの程度のおもろさが要求されるんですか?」
「掛け値なしで『オレは学校で一番おもろい』と自負できるヤツか、反対に『学校一おもんないヤツや』て不当な扱い受けとったヤツかのどっちかや」
「学校一おもんないて思われとったてどんなんや?」
「それぐらい突き抜けてやなあかんいうことやないかアホ。サッカーボールアワーの岩井とかがそれやんけアホ」
「あれは顔がおいしいんで得してるだけちゃいますのん?」
「それ言うたらミもフタもあらへんがなアホ」
屋鋪自ら審査委員長となり、「今のギャグはしょうもない」と審査委員の一人でも判定したら、即刻「ハリセンでしばき」の刑に処せられる、シビアな番組はこうして始まった。
屋鋪がすっと手を挙げる。
「今のはしょうもない」
西都原が言う。
「今のギャグは、〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例施行規則細則別表2の2にそのまんま掲載されているものです。勉強不足ですね」
橋本が厳かに宣言する。
「貴下を、しょうもないこと言い撲滅条例第25条第1項の規定により、十年の懲役に処する。但し、同25条第2項の規定により、ハリセンでしばきの刑に処することによってこれに代えます」
屋鋪が命ずる。
「いてまえーっ!」
「ぎゃーっ」
こないして、数十人ものしょうもないこと言いが処罰されていった。このことで自ら才能のないことを痛感し、この世界から足を洗う者も続出した。この番組の数字は、屋鋪の予想通り25パーセント台を記録し、後日の世論調査で橋本の支持率を再び70パーセント台に回復させる原動力となった。これは、〇阪人が実は常日頃からしょうもないこと言いを、おのれのことは棚に上げてけしからんと思てることを示すものであると、後日あるお笑い評論家が語った。
番組も終わりに近づいて、屋鋪と他の出演者がフリートークに入っている。
「あー、きょうはホンマにエエことしたわ。オレがこの業界入ってエエことしたん初めてとちゃうか」
「なんかきょう一日でえらいようさん才能の芽ェ摘んだ気もするんですけどね」
「何言うとんねんアホ。今ここでしょうもないこと言いの判定一回受けただけで諦めてまうヤツは、言うたらその程度のヤツやいうことやないかアホ」
「相変わらず厳しいですねえ。まあ、それはそうかも知れませんが、ここまでしてしょうもないこと言いは退治せなあかんもんなんですか」
「あんな、刑法があっても世の中から犯罪がのうならんのんとおんなしでな、しょうもないこと言いを絶滅さすんは絶対不可能や。しょうもないことを条例やらその施行規則やの細則やので例示して見しただけではな、おもろいこと言うヤツは増えへんわ。ホンマにおもろいことはホンマにおもろいことを手本にしやんとなかなかでけんもんやろな」
「ほな何でこの条例制定を後押ししたんですか?」
「つまりやな、『しょうもないこと言い』も、実は〇阪の無形文化財の一つやねん。せやけどな、『〇阪府しょうもないこと言い保護条例』ではマトモ過ぎておもんないから、わざと過激な名前の条例にしたんやないか。そうでなかったら、きょうみたいな番組でけんかったやろ」
「え?ほな隆人さんは『しょうもないこと言い肯定派』なんですか?」
「当たり前やないかアホ。時としてしょうもないことが最強のお笑いになることかてあるんやないかアホ。せやからオレも言うんやないか。『この番組に内容なんて、何もないよう』て‥‥‥」
途端に場の空気がカンカチコンに凍りついた。橋本が言った。
「あ、今のは条例違反ですね」
他のゲストたちも口々に、
「おい、このオッサンいてまえ」
「このオッサン『〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例』違反で逮捕せえ」
屋鋪は周章てた風で、
「お、おい、おまえらどないしてん急に?」
「決まっとるやろ。オッサンみたいな程度の悪いしょうもないこと言いは『〇阪府しょうもないこと言い抹殺条例』違反で即刻死刑じゃ」
この条例は細部までは周知徹底されていなかったようだ。
「ま、待てェ。なんや微妙に条例の名前変わったあるやないかアホ。しかも死刑て‥」
「んなこたどうでもええんじゃ」
「何でじゃいアホーッ!」
しまいには観覧席におった子供まで、
「おっちゃんは、〇〇さかふしょうもないこといいみなごろしじょーれーいはんでしけえなのだー」
「ほれ見ィ、あんなちっさい子供かてちゃんと条例の中身知ってるやないか」
「こ、こら、何か今メモ用紙見えたぞ」
「そんなもん見えへんかったわィ。条例制定に関わったもんが何往生際悪いこと言うとんねん」
「そうじゃ、オッサンは『〇阪府しょうもないこと言い抹殺条例』違反で即刻撲殺刑じゃ」
半年の周知期間は全くのムダであった。
橋本は声高々に叫んだ。
「いてまえーっ」
「ギャーッ」
橋本や西都原ほかのゲストが屋鋪をしばきあげた。ハリセンやなしに、グーで殴った。
ドカバキベキグシャずぼっ!
「ずぼっ?」
「何や最後の『ずぼっ』ちゅう音わい?」
「そこにあった指し棒で、ケツの穴おもっくそ突いたってん」
「まあ、きょうはせいせいしたわ」
「このオッサンに今までどんだけえらい目ェ遭わされたか」
「せやな。こんだけしばいといたら、とりあえず今晩は『朝まで泣くまで説教』はなさそうやな」
「まあ台本に書いたあること皆終わったし、帰ろか」
「台本言うてもA4三枚だけやん。それもラストはえらい変更あったなあ」
「変更あった言うても、『ハリセン』が『グー』になっただけやん。大したことあらへんわい」
「帰ろ帰ろ」
生放送の放映予定時間が終わりに近づいた。既にメイン照明は落とされて、スタッフ活動用の補助照明と、一筋のスポットライトだけが生番組撮影会場を細々と照らしていた。
「はい、OKですーっ」
ADチーフの番組終了を告げる声が、スポットを当てられた只一人残っていた出演者に届いた。いや、実はまだオンエア中なのだが。
肛門からロッドアンテナを逆向きに生やかした男が叫んだ。
「何でこないなるんじゃーっ」
(しまい)
なお、このブログギャグはフィクションであり、登場人物には特定のモデルは居らず、また登場する人物と地方公共団体の名称はすべて架空である、と言うとかんとシャレならん。