橋本英夫・〇阪府知事の「〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例案」は、記者たちが「知らんぞー」言うまでもなく、衝撃をもって迎えられた。
石川新太郎・東京都知事は吐き捨てるように、「あいつは××××か」と、思わず放送できない単語で評した。小鳩国夫総務相は、「呆れてものが言えん」と応じるしかなかった。
西都原東(さいとばる・ひがし)・都城県知事は、「〇阪でしかできない条例。ウチでは絶対ムリ。ある意味羨ましい」と、九州南東部の県庁にてコメントし終えると、直ちに宮崎空港に向かい、機上の人となった。いつもの週末なら東京に向かう西都原が乗ったのは、〇阪(麻田)便であった。来阪の主目的は〇阪での「都城ブランド」売り込みのためであったが、盟友・橋本の招きに応じたものでもあった。
橋本は府庁の知事室に西都原を歓待しつつ、
「私も短期間ではあるが芸能界に身を置いたからこそ分かるのですが、この世界は甘いものではない。ですが、この世界を志す若者の大半は、それをわかっていない。いや、それでも構わないのかも知れないのですが、今の若者からは、お笑いのパワーが全然伝わってこない。管見するに、これを改めないと、上方のお笑いに明日はありません」
「橋本さんのおっしゃることはよくわかりますが、それでもなお、全国の茶の間を笑いで包むだけのパワーを持ってる関西芸人は多数輩出されているではありませんか」
「いえいえ、芸人だけではダメなのです。テレビを見ているだけの一般視聴者のレベル底上げも図らないといけないんです」
「観客が芸人を育てる、という意図は理解できますが、迂遠な計画ですな。仮に知事の健全な任期を二期八年として、その間に成果が出るものではないと思いますしねえ」
「その話を隆人さんにしたら、おもっきししばかれましたわ」
「ハハハ、あの人らしい。ですが、そういう即効性のない改革は、我々のように一定以上の支持率があるときしか発案しにくいものではありますな」
「それが、隆人さんは『即効性もあるわィアホ』言うてました。まああの御仁は結構なフカシやから、話半分いや話四分の一程度に聞いておくんがいいとは思いますけど」
「へーくしょいクソアホンダラボケカスーッ、誰か噂しとんな」
屋鋪は新地の一角でワイン飲みもってそない言うた。
橋本と西都原の話は一時間以上続いた。その結果、西都原は、
「成る程、橋本さんと屋鋪さんの思惑、よく分かりました。及ばずながら私の知恵をお貸ししましょう」
「ありがとうございます。先輩の西都原さんのお知恵を拝借できれば千人力ですよ」
「いやいや。で、さっそくですが、まず条例起草準備委員会とか言う、『物々しい名前の組織』を次々と立ち上げるんですよ」
「ほう、それで?」
橋本はとりあえず計画が進みそうになったことで安堵した。(ああ、これで今度隆人さんに会うてもしばかれずに済むわ。もう『夜明けまで説教』は二度とゴメンや)
橋本-西都原会談から明けた次の週の月曜朝、
「〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例起草準備委員会」
の組織に関する報告が、府公報部から発表された。また、この委員会は、テレビカメラを入れて行われた。委員にはお笑い芸人が数多く選ばれ、「しょうもないこと言い」の定義などが、アホらしくも真剣に議論された。まず、条例単独での運用は絶対不可能との声が委員会内部から上がり、
「〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例施行規則」
「〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例施行規則細則」
なども併せて制定されることに決まった。で、「-細則」制定委員会の席上で、こんな議論が交わされた。
「有名な刑事ドラマの刑事殉職のシーンでのセリフに
『なんじゃこりゃー』
いうのんがありますが、このセリフを
『あ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥血ィ出た』
に挿げ替えたとします。これはしょうもないこと言いになるんでしょうか?」
「私見ですが、それはしょうもないというよりも、ベタやいうことと違うでしょうか」
「国際線旅客機アナウンスの漫才ネタでこういうのんがあるんですよ。
『当機はホノルル経由ロスアンゼルス便でございます。なお、ロスアンゼルスには、後の準急が先に到着致します』言うのんがね。ここは絶対『準急』でなかったらあかんのですか?『急行』では何であかんのですか?」
「ここはですね、速さが中途半端な感じの『準急』の方が絶対に可笑しいです。『区間快速』では笑いが取れませんよ」
「‥‥‥そうか?」
「そうや。そういうのんをひねりすぎ言うんやないか」
あまりのアホらしい議論に、府民から非難の声があがるようになった。支持率も一気に15ポイント下がった。
「府民の税金つこて何をアホなことやっとんじゃアホー」
「税金かやせ」
「橋本こそ懲役十年じゃ」
「橋本をスマキにして大和川にほりこめ」
それでも依然66パーセントの比較的高い支持率がある。数週間の後、橋本はついに完成なった「〇阪府しょうもないこと言い撲滅条例案」を、八百万府民の前で声高々に読み上げることと相成った。
(つづく)
ああ、どうにかこうにか「条例案」まで話を持って行けたけど、まだまだこっから先が大変や。